出産のかげに

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むかし、「嫁して三年、子なきは去る」という言葉があった。つまり、結婚して三年にもなるのに子どもができないようなら、離婚されても仕方ないぞ、ということである。
そして、この男女同権、いや女性上位とさえいわれる現代でも、似たような”実話”が生きている、といったら信じてもらえるだろうか。
F子さんは真剣そのものだった。せっぱつまった様子が、青白い表情からもうかがえた。
「私、あと半年以内に妊娠しなかったら、主人に離婚されてしまうんです。どうか、助けると思って、一日も早く赤ちゃんができるようにしてください」
会話の中からその人の性格や望みなどを見つけられれば、出会った人は自分にとってどんな人なのか、わかりそうですね。
結婚して三年半、どうしても子宝に恵まれない。夫や姑は、シピレを切らせたように、最近こういって責めたてるのだという。
京阪間の旧家で、何としても跡取りがほしいから、ということらしい。ご主人を招いてそっと聞いてみると、
「欠陥があるのは女房や。おれは以前、愛人を妊娠させたことがあるからな」と、妙な自慢をしてみせる。
典型的な亭主関白。いまもまた別に新しい愛人がいて、その女性を家へ引き入れようとしているらしいことが少しずつわかってきた。
その後、夫婦間の話し合いで「半年以内」という期限は取り消し。しかし、F子さんか愛人か、どちらかが妊娠したら、あとの一人は納得して別れる、という話がまとまったという。
これでは女性は”子どもをつくる道具”ではないか。私は、暗然となった。
私は家庭裁判所の判事ではない。とにかく、医師としての義務を果たさねばならない。診察、検査の結果、F子さんの卵管に問題があることをつきとめた。治療(手術)→妊娠→分娩。
なにも知らぬ赤ちゃんの産声を耳にして、F子さんは泣いた。
「先生、おかげさまで、私は離婚されずにすみました。一生、恩にきます」たしかに私は、医師として成功した。妻の座も守られた。だけど、手放しで喜んでいいのだろうか。
少なくとも、出産という一つのめでたい話のかげで、夫の愛人はすべてを失って涙にくれているだろう。いわば、ここに新しく不幸な女が誕生したことになる。
そして、勝利者であるはずの妻も、こういう家庭にいる限り、今後も”子どもをつくり、育てる道具”としてしか認められないような気がする。
人生の一断面をみせつけられて、ふと医師らしからぬ感傷に襲われたひとときだった。

参考: